雑感。

頭の中ブレスト

 フランス語の勉強が全く進まない。やる気がないのか、時間がないのか。断然、やる気の問題である。
 コロナで土日は時間が有り余ってるのに何もやっていない事に危機感を感じる。こんなに時間があったのに何もしないだなんて、これでは自分が死ぬまでいくら時間があっても何も成し遂げられはしないだろう。いつでも、幾らでも、言い訳をする大人になってしまうんだ。
 
 フランス語に加えて、タイ語もやりたいし、ヒンディー語も文字から勉強したい。「したい」って言ってるだけで、実際は本も開こうとしない。暇さえあれば、どうでもいいyoutube動画を見て時間を殺してしまう。この生活習慣から変える癖、まず、自分がどんなけ怠惰な生活を送っているか、また、それに甘んじてしまっているかを自覚しなければ。

 いや、自覚したところで、その習慣は変えられるのだろうか。恒常性を帯びてしまった日常の一つ一つを変えるのには、相当な負荷が掛かる。その負荷に耐えてまで、自分を変えたいと本当に思っているのだろうか、自分は。

 自分の生活習慣を見直させるのに、一日の過ごし方を可視化させて、自分の隙間時間を見つけさせるのも良い手なのではないだろうか。

 

このホームページを立ち上げた。

 自分にとっての、避難所が欲しい。
 心の拠り所となる様な、安心感のある場所が欲しい。
 そんな思いが、自分の心の中に前からあった。つまり、サードプレイスを欲してた。


  自宅(ファーストプレイス)や職場・学校(セカンドプレイス)ではない、一個人としてくつろぐことができる第三の居場所。米国の社会学者レイ・オルデンバーグが、1989年に自著『The Great Good Place』で提唱した。オルデンバーグはサードプレイスを、都市生活者に出会いや良好な人間関係を提供する重要な場であるとし、その特徴として「無料または安価で利用できる」「飲食が可能」「アクセスがしやすい(徒歩圏内)」「常連が集まる」「快適で居心地がよい」「古い友人と新しい友人の両方に出会える」点を指摘。代表例として、フランスのカフェやイギリスのパブなどを挙げている。日本では、サードプレイスの概念をビジネスコンセプトとして導入するコーヒーショップチェーン、スターバックス コーヒーが96年に出店を開始したことを機に、広く知られるようになった。

コトバンクより

 一個人としてくつろぐことができる第三の場所。
 現代社会において、それは別にリアル社会にのみ言及しなくても良いのではないだろうか。
 2011年、私が浪人生活を送っていた頃ぐらいからか、SNSが急速に発達し、疑うこともせず、当然の様に私も使うようになった。mixiから始まり、フェイスブック、ツイッター、ラインなど。楽しい反面、いつも他人の動向に気を配らせなければならない事に対しては、以前から凄くストレスを感じていた。
 だったら、いっそのこと、自分のプラットフォームを作ってしまえばいい。自分のlogを残す事に主軸を置いて、好き勝手に論じればいい。丁度、自分の自室に籠って、好きな音楽をMDプレーヤーに掛けて、日が暮れるまで聴き入っていたあの日の様に。その後、自分の意見を好き勝手に論じてしまえば良いんじゃないだろうか。
 
 世間と自分との距離感を、上手く掴めなくなってきている気がする。
 ここでは、今の自分の立ち位置を再確認すると共に、安全な場所から、下界を覗き見る様な、そんな心持ちで自由に振る舞うつもりだ。

 本当は、僕は、こんな人間なんだって。
 壁に向かって呟くように。

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