島唄よ風に乗り…

去る8月1日木曜日、吉祥寺にあるStar pine’s cafeで、アカペラライブを行った。僕はHappy endings とshykmで出演させて頂き、全4曲を唄った。

僕自身初めて箱ライブで歌うという事もあり、本番まで凄く舞い上がっていた。地元の友達に吉祥寺でライブやるからおいでよって言ったら、分かったって言って3人で来てくれた。本当に感謝。
他大の友達も、テスト期間なのにわざわざ足を運んでくれた。本当に嬉しかった。

今回、島唄でリードをやらせて頂いた。
島唄を唄う時、僕はいつも沖縄の事を思い浮かべながら歌う。まだ一回も行った事のない沖縄の海を、人たちを、戦争の爪痕を心に思い描きながら、自分なりにそれを声に表現しようとしている。

「島唄 本当の意味」で検索したら、このような記事がヒットした。
そして、これが公式にこの歌に込められた本当の意味だという。

でいごの花が咲き
風を呼び 嵐が来た

(災厄を告げるというでいごの花が咲き、
(1945.4.1)沖縄本島に米軍が上陸した)

でいごが咲き乱れ
風を呼び 嵐が来た
繰りかへす哀しみは 島わたる 波のよう

(でいごが咲き乱れる1945.4-6月に、
寄せ引く波の様に、殺戮は繰り返された)

ウージぬ森で あなたと出会い
ウージぬ下で 千代にさよなら

(サトウキビ畑であなたと出会い
(ガマ)鍾乳穴の防空壕で 君が代にいう永久の御代との別れ)

島唄よ 風にのり
鳥(しびとの魂)と共に 海を渡れ

(島唄よ 風にのり
しびとの魂と共に 海を渡れ)

島唄よ 風にのり 
届けておくれ わたしぬ涙

(島唄よ 風にのり 
本土に伝えておくれ、沖縄の悲哀を)

でいごの花も散り
さざ波がゆれるだけ
ささやかな幸せは うたかたぬ波の花

(でいごの花も散る1945.6.23に
戦闘も終わり、宝より大切な命が散り、
生き残っている者もあまりいない
日常生活は、簡単に消え去った)

ウージぬ森で うたった友よ
ウージぬ下で 八千代ぬ別れ

(さとうきび畑で謡いあったあの人は
防空壕の中で、戦闘によって死んだ)

(*繰り返し)
島唄よ 風に乗り
鳥とともに 海を渡れ

(沖縄民謡よ、風に乗って
魂と共に、海を越えて
(あの人の居るニライ・カナイ=天国へ))

島唄よ 風に乗り
届けておくれ 私の愛を

(島唄よ 風に乗り
(ニライカナイへ)届けておくれ 私の愛を)

海よ
宇宙よ
神よ
いのちよ
このまま永遠に夕凪を

(海よ
宇宙よ
神よ(豊穣をもたらす)
いのちよ(何物にも代え難い命という宝よ)
このまま永遠に夕凪(平和)を(祈る))

(*繰り返し)

(http://blogs.yahoo.co.jp/success0965/12673600.html  より)

実は、島唄は壮絶な意味を孕んだ反戦の唄なのだ。
戦争で亡くなり、ニライカナイにいる人々に届け、島唄。非常に重い内容だ。

この歌は殆どの人に知られているが、この歌の裏の意味まで理解している人は、そうはいないだろう。
この意味を聴いてくれる人に解説しようとは思わなかった。
代わりに、僕が歌うのを聴いて、何か感じ取ってくれればなあ…って、何となく思いながら歌った。

歌声って、各々にしかない、唯一無二のものだ。
僕には他の人の歌声をまねする事は出来ないけど、僕の歌声は僕自身のものだ。何物にもとってかわる事が出来ない、大切な音色。もっと磨きをかけて、僕の歌声をもって沢山の人に感動を与えることが出来る様な人になりたい。

僕と他の人がとってかわる事が出来るアルバイトをしながら、ふとそんな事を思った

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