理想の言語環境

理想の言語環境は、同じ集団の中で、無数の言語が自然に使われている環境。めっちゃ憧れる。
今は日本に住んでて、殆ど日本人としか会話しないから、日常生活ではほぼ日本語しか使わない。でもそれって、何かつまらないなあって思う。せっかく色々な言語を勉強してるんだから、もっと色んな言語を使って毎日生活したい。

じゃあ友達同士で日本語以外で会話しろよって言われそうだけど、言語ってそもそもコミュニケーションツールの一つだから、日本人相手にわざわざ日本語以外の言語で話しかけるのも、変な話だ。日本人相手なら、日本語が一番コミュニケーションが取りやすいに決まってるからね。

中学の時、ブラジル人の友達と、アメリカから来たALTの先生と3人で、昼休みとか放課後とかよく遊んでいた。その時は、友達と先生は英語で、オレと先生は日本語+英語で、オレと友達は日本語で、みたいな感じだった。友達の、人に応じて使用する言語を即座に切り替える感じが、僕にとっては凄く魅力的だった。

例えば、その友達は僕とは普段日本語(しかも方言交じりの)で喋るけど、友達の家に遊びに行けば、そこでの公用語はポルトガル語だった。友達のお母さんは日本語話せなかったから。僕に話しかける時は、日本語。そんな感じだった。何か知らないけど、中学生だった自分は彼の「言語にこだわって無い感じ」に凄く惹かれた。今もめっちゃ惹かれてるけど。
現在は、その友達と僕の間の公用語は、話すときは日本語だけど、メールのやりとりはポルトガル語になった。何か、それが自分の中ではめっちゃ嬉しいんだ。

僕の理想としては、もし話しかけた相手がフランス人だったらフランス語を喋り、もしタイ人だったらタイ語を喋り、もし相手が日本人だったら、日本語を喋る。そんな事をさも普通な事の様に出来る人が、理想の人物像。

コミュニケーションツールの一つとして言語をとらえた場合、別に完璧にその言語を話せなくても全く問題はないと思うんだ。表現方法が稚拙になったり、物事の細部、機微がしっかりと表現できないかもしれないけど、とにかく言いたい事が伝わればそれで合格だと思ってる。そう自分に言い聞かせてる。だから、自分の言語能力を評価する時、僕は英語下手くそだけど、「自分は英語が出来ない」とは言いたくない。出来ない訳ではないから。下手くそなだけ。ビルマ語然り、ポルトガル語然り。

新しく出来た友達がロシア人だったから、好きになった人がポーランド人だったから、
ロシア語を新しく始める、ポーランド語を新しく始める。

外国語を勉強し始めた理由としては、最高にカッコいいと思うんだけどなあ

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