悲愴

ヴェートーベンの曲で、「悲愴」という曲がある。

正しい曲名は、Klaviersonate Nr. 8 c-Moll “Grande Sonate pathétique”。
日本語で、ピアノソナタ第8番ハ短調作品13『大ソナタ悲愴』。

この曲の第二楽章が特に有名で、おそらく殆どの人が一度は聞いた事があるだろう。

僕が初めてこの曲を聴いたのは確か小学校低学年の時だ。ピアノの先生が発表会で弾く曲を選ぶときに、この曲を候補の一つとして弾いて見せてくれた。

当時はこの曲に対してこれといった感動を覚えなかった。
しかし中学生になり、映画「のだめカンタービレ」で再びこの曲と再開した時、まさに「悲愴」感が漂うこの第二楽章に感銘を受けた。

ところで日本語には、「悲壮」と「悲愴」があるけど、この2つの意味の違いは知ってる?

広辞苑を引用すると、

「悲壮」とは、
あわれにまた勇ましいこと。悲しい結果が予想されるにもかかわらず、雄々しい意気込みのあること。

他方「悲愴」とは、
かなしくいたましいこと。

悲愴と悲壮では、かなり意味が違う事が分かる。悲壮は悲しさの中に前向きな意思があるのに対し、悲愴はただただ、悲しいという感じ。

話が少しそれるけど、
僕個人的には、少し昔に流行った「悲愴感」という歌(アンガールズの田中とかが歌ってたヤツ)は、歌詞的に考えて「悲壮感」の方が正しいんじゃないかなと思ってる。

悲愴という曲は、つまり、誰かの悲しみをそのまま曲全体に盛り込んだ作品という事だろうか。
しかしながら、この曲からは「涙が出るような」悲しさは僕には伝わってこない。

うん。
ひとえに悲しみといっても、色んな悲しみがあるよね。

オレがこの曲から連想したのは、こんな感じの悲しみ。

自分が生きてきた日々を振り返る時、それは一つの絵として心に浮かび上がってくる。その絵を見ながら当時を懐古する時、同時に絵を見ながら喜び、悲しみ、妬み、憎しみといった感情が湧き上がってくる事だろう。

その絵を顧みる作業それ自体が、悲しみを帯びている様に思える。
それがまさに「悲愴」という感情だとオレは解釈してる。

過去を振り返るのって、悲しくないですか。
昔を思い出して爆笑する時もあるけど、最後にはやっぱり少し悲しい気持ちになりませんか。

…つまり、昔を思い出すときに感じるちょっとした切なさ的なあれが悲愴ってヤツなんじゃないでしょうかね。

知らないけどさ

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